ポート・アーサー史跡(Port Arthur Historic Site)
タスマニア州のタスマン半島にある、1830年に始まった囚人の流刑地の跡です。世界遺産「オーストラリアの囚人遺跡群」の11か所の一つで、ホバートから車で90分です。30を超える歴史的な建物と廃墟が残っています。
史跡のあらまし
ポート・アーサー史跡(Port Arthur Historic Site)は、タスマニア州(TAS)のタスマン半島にある、囚人の流刑地の跡です。1987年に作られたポート・アーサー史跡管理局(Port Arthur Historic Site Management Authority、PAHSMA)が保存と管理をしています(管理局のページ(新しいタブで開く))。管理局は、近くの炭鉱史跡(Coal Mines Historic Site)と、ホバートのカスケード女囚工場史跡(Cascades Female Factory Historic Site)も管理しています。
ホバート(nipaluna / Hobart)からは車で90分。世界遺産「オーストラリアの囚人遺跡群(Australian Convict Sites)」を構成する11か所の一つです。この世界遺産は2010年に登録されました。
歴史
主な流れは次のとおりです。
- 流刑地は、1830年に小さな木材の作業所として始まり、すぐに植民地の中で重要な場所になりました。
- 選ばれた囚人に、自由になった後に役立つ技術を身につけさせるため、大規模な造船が行われました。
- 1853年に囚人の移送が終わり、新しく送られてくる囚人は減りました。それでも1850〜1860年代は、流刑地を経済的に成り立たせるための活動が盛んでした。
- 最後の囚人が去った後、この場所はカーナーボン(Carnarvon)と改名されました。1880年代には土地が分けて競売にかけられ、人々が住むようになりました。
囚人の流刑の歴史全体は「流刑植民地」で扱っています。
主な建物
同じページでは、次のような建物が紹介されています。
| 建物 | 説明 |
|---|---|
| 監獄(Penitentiary) | 1843年に製粉所と穀物倉庫として建てられ、その後、数百人の囚人が寝起きする大部屋と独房になった |
| 隔離監獄(Separate Prison) | 体への厳しい罰の代わりに、心に罰を与える場所として恐れられた |
| 囚人の教会(Convict Church) | 宗教の教えと礼拝で囚人を更生させようとした、聖別されていない教会 |
見学案内のページでは、史跡には30を超える歴史的な建物と廃墟があります。港を回る遊覧船もあります。少年の囚人がいたポイント・ピュア(Point Puer)を紹介する展示「Little Depraved Felons」は、入場券に含まれます。日没後には、ランタンを持って90分歩くゴースト・ツアー(Ghost Tour)もあります。
費用
一般入場券の料金は、大人A$55、子どもA$27.50、割引(コンセッション)A$44です(2026年10月時点)。入場券は連続する2日間有効です。ガイド付きツアーなどは別料金です。
史跡は毎日9時〜17時に開いており、休みは12月25日だけです(2026年10月時点)。
ここに注意してね!
- 見学の足もと:死者の島(Isle of the Dead)の墓地のツアーには、勾配が最大1:8の急な通路があります。ポイント・ピュアのツアーは、雨や日差しをよける場所が限られています。
- 周辺の観光:タスマン半島のほかの見どころは「タスマン半島」で紹介しています。
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