1967年の国民投票(1967 Referendum)
ひとことで言うと
1967年5月27日の国民投票で、先住民についての憲法の2つの規定を変える案が、全国の90.77%の賛成と全6州の賛成で可決されました。連邦が先住民についての法律をつくれるようになり、人口の数から先住民を除く規定がなくなりました。
何を問うた国民投票か
1967年5月27日、アボリジナルとトレス海峡諸島民についての憲法の規定を変える国民投票(referendum)が行われました。オーストラリア選挙管理委員会(Australian Electoral Commission、AEC)の国民投票の結果の一覧(新しいタブで開く)をもとにまとめます。
結果
AECの一覧に載っている内容と結果は、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 投票日(Polling Day) | 1967年5月27日 |
| 内容 | 連邦が先住民についての法律をつくれるようにし、人口の数から先住民を除くことを禁じる規定をなくす |
| 結果 | 可決 |
| 賛成した州 | 全州 |
| 全国の賛成の割合 | 90.77% |
AECの先住民の選挙の年表にあるとおり、この改正案は連邦議会の両院で全会一致で可決されました。そのため、反対の立場からの説明の文書(‘No’ case)は出されませんでした。
国立博物館(National Museum of Australia)の教材ページ(新しいタブで開く)は、10年の運動の後に国民投票が行われたとしています。
同じ日には、上院議員の数を必ずしも増やさずに下院の議員の数を増やす案も問われました。この案は、賛成した州がNSWだけで、全国の賛成は40.25%で否決されました。
変わった憲法の規定
国立博物館の教材ページでは、変わったのは次の2つの条です。
| 条 | 改正前の内容 | 改正の結果 |
|---|---|---|
| 第51条26号(section 51(xxvi)) | 議会が特別な法律をつくれる対象から、「各州のアボリジナルの人々」を除いていた | 除外の言葉がなくなり、連邦が先住民についての法律をつくれるようになった |
| 第127条(section 127) | 連邦や州の人口を数えるとき、先住民を数えないとしていた | 条がすべて削除された |
AECの先住民の選挙の年表は、第127条が削除されたことで、先住民が連邦の国勢調査で数えられるようになったとしています。正式な改正は1967年8月10日でした。
選挙権との関係
先住民が連邦選挙で投票できるようになったのは、この国民投票より前です。AECの年表による主なできごとは次のとおりです。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1962年 | 連邦の選挙法の改正で、すべての先住民が連邦選挙で登録・投票できるようになる |
| 1965年 | クイーンズランド州が州の選挙での投票を認める。最後の州だった |
| 1967年 | 国民投票で第127条が削除される |
| 1984年 | 先住民にも、連邦選挙での登録と投票が義務になる |
日本との違い・注意点
- オーストラリアの憲法改正には、全国の過半数と、6州のうち4州以上の過半数の賛成(二重の過半数)が必要です。仕組みは「国民投票(憲法改正)」で説明しています。
- AECの一覧では、1967年の先住民についての案は、可決された数少ない国民投票の一つです。
- 先住民の歴史は「先住民の歴史」、2023年の国民投票は「2023年の国民投票」の記事で扱っています。
この記事をシェアする
次に読むならこれ
基礎知識1999年の共和制の国民投票(1999 Republic Referendum)1999年11月6日、オーストラリアを共和制にする案と、憲法に前文を入れる案の2つが国民投票にかけられ、どちらも否決されました。共和制の案は全国の賛成が45.13%で、過半数の賛成があったのはACTだけでした。基礎知識流刑植民地(Convict transportation)1788年から1868年まで、イギリスは有罪となった人々をオーストラリアの植民地へ送りました。囚人は政府や入植者のもとで働き、道路や建物をつくりました。最後の囚人船は1868年1月9日に西オーストラリアのフリーマントルに着きました。各地に残る11の流刑地は、世界遺産「オーストラリアの囚人遺跡群」になっています。基礎知識連邦の成立(Federation)1901年1月1日、イギリスの6つの植民地がまとまり、オーストラリア連邦(Commonwealth of Australia)ができました。これを「フェデレーション(Federation)」と呼びます。憲法の草案づくり、各植民地での住民投票、イギリス議会での法律の成立までの流れをまとめました。
関連する記事
政治の仕組み国民投票(憲法改正、Referendum)憲法を変える唯一の方法が国民投票(referendum)です。議会で可決された改正案に、全国の過半数と、6州のうち4州以上の過半数の賛成(二重の過半数)が必要です。連邦の結成以来45の案が国民投票にかけられ、可決されたのは8つです。政治の仕組み憲法(Australian Constitution)オーストラリアの憲法は1901年1月1日に施行され、6つの植民地を1つの国にしました。議会・政府・裁判所の仕組みと、連邦と州の権限の分け方を定めています。改正には国民投票で「二重の過半数」が必要で、これまでに8回改正されています。先住民の文化先住民の歴史(History of Aboriginal and Torres Strait Islander peoples)1788年の英国の植民地の始まりから、選挙権の拡大、1967年の国民投票、土地の権利の法律、1992年のマボ判決、2008年の国の謝罪までの主なできごとを、国立博物館や選挙管理委員会などの説明をもとに年表でまとめます。基礎知識2023年の国民投票(2023 Referendum:Aboriginal and Torres Strait Islander Voice)2023年10月14日、憲法でアボリジナルとトレス海峡諸島民を最初の人々として認め、議会と政府に意見を伝える機関「ボイス(Voice)」を設ける案が国民投票にかけられました。全国の賛成は39.94%で、過半数の賛成があった州はなく、否決されました。基礎知識国勢調査(Census of Population and Housing)オーストラリアの国勢調査(Census)は、統計局(ABS)が5年ごとに行う、国内のすべての人と世帯を数える調査です。国勢調査の夜に国内にいた人は、外国からの旅行者やビザで滞在中の人も含めて回答の対象で、回答は法律上の義務です。2026年の調査は8月11日に行われ、結果は2027年6月から3回に分けて公表される予定です。政治の仕組み選挙権を持つ人(Who can vote)連邦選挙と国民投票で投票できるのは、選挙人名簿に登録した18歳以上のオーストラリア市民と、1984年1月25日時点で名簿に載っていた一部の英国臣民です。永住ビザの人を含め、市民権のない日本国籍の人は対象になりません。