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ブルームの真珠産業と日本人(Japanese pearl divers in Broome)

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ひとことで言うと

西オーストラリア州北西部のブルームは、1880年代の終わりにオーストラリアの真珠産業の中心になりました。深い海での危険な潜水を担ったのは、和歌山県などから来た多くの日本人ダイバーでした。町には日本人の墓地が残り、1981年から和歌山県太地町と姉妹都市の関係にあります。

目次
  1. 真珠の町ブルーム
  2. 日本との違い・注意点
ブルームの海岸線
Photo: Paul-Alain Hunt / Unsplash

真珠の町ブルーム

ブルーム(Broome)は、西オーストラリア州(WA)の北西部、キンバリー地方にある町です。真珠産業と、そこで働いた日本人の歴史で知られています。

真珠産業の始まり

オーストラリア国立博物館(National Museum of Australia)の解説ページ(新しいタブで開く)では、オーストラリアの真珠産業はトレス海峡で始まったとされています。先住民(アボリジナルとトレス海峡諸島民)は、何千年も前から貝を採り、道具や装飾品に使ってきました。

1800年代の終わりに、真珠層(マザー・オブ・パール)をとる貝がヨーロッパや北米で流行し、産業が大きくなりました。西オーストラリア州では1860年代までに真珠採りが始まり、1880年代の終わりにはブルームが最も重要な拠点になりました。

町が正式に定められたのは1883年11月21日です(ブルームのカウンシル(Shire of Broome)のページ(新しいタブで開く))。当時は、海岸沿いにいくつかの真珠採りのキャンプがあるだけでした。1898年までに、ブルームは西オーストラリア州北部の主要な貨物港になりました。

日本人ダイバー

国立博物館の説明では、1888〜89年の夏までにブルームは真珠産業の中心になり、最も成功したダイバーはマレー人、ティモール人、そして特に日本人でした。日本人ダイバーの多くは、アワビ漁や潜水の経験がある和歌山県の沿岸地域の出身でした。

国立博物館が説明するブルームの潜水は、次のようなものでした。

項目内容
深さトレス海峡では9〜18m。ブルームの貝の豊かな漁場は36〜45m
装備ヘルメットと空気を送るゴムのホース、キャンバスの潜水服
働き方夜明けから日暮れまで、1日に最大50回潜り、最大4か月海上にいた
危険急に浮上すると起きる潜水病(ベンズ)、リウマチ、サメなど

国立博物館は、日本人ダイバーの10人に1人以上が毎年亡くなっていた可能性が高く、その多くが20代だったとしています。日本政府は、日本人が契約しないよう何度も呼びかけていました。

白豪主義と日本人

1901年の白豪主義(White Australia policy)のもとでは、ヨーロッパ系でない人は一般にオーストラリアで働くことができませんでした。しかし、真珠産業が必要としたため、日本人ダイバーは例外とされました。

一方で、船に乗る日本人の数を制限したり、日本人が真珠採りの船を持つのを止めたりする動きもありました。1907年、1914年、1920年には、町で衝突や暴動が起きています。

戦争と戦後

第二次世界大戦中、ブルームの日本人は収容されました。ブルームのカウンシルは、1941年12月以降に日本人住民が収容所に入れられ、日本人ダイバーの技術と経験に頼っていた産業が大きな打撃を受けたと説明しています。1950年代には、反対する住民もいる中で、一部の日本人ダイバーが戻ってきました。

日本人墓地

ブルームのカウンシルのページでは、ブルーム墓地には日本人・中国人・イスラム教徒の区画があり、町の多様な文化の歴史を伝えていると紹介されています。

西オーストラリア州政府の2008年4月15日の発表(新しいタブで開く)で、墓地の日本人・中国人・イスラム教徒の区画が、州の文化遺産登録簿に暫定的に加えられました。発表は、日本人の墓石には特徴的な幾何学的な形の石が使われていると説明しています。1900年には、日本、マレーシア、フィリピン、中国、ティモールなどから来た2,000人以上が真珠産業で働いていました。1908年のサイクロンでは、200人近くが亡くなりました。

太地町との姉妹都市

ブルームと和歌山県太地町は、1981年から正式な姉妹都市です。自治体国際化協会(CLAIR)の一覧(新しいタブで開く)にも、太地町とブルーム町の提携が載っています。ほかの姉妹都市は「姉妹都市」にまとめています。

ここに注意してね!

  • ブルームのカウンシルは、墓地の区画を傷めないよう、車で墓地の中に入らないよう求めています。正面入口は1 Port Driveにあり、各入口に区画の地図があります。
  • 墓地は地域の人々にとって大切な場所です。訪れるときは、カウンシルの案内に従ってください。
  • ブルームへの行き方や町の情報は、「ブルーム」の記事で扱っています。

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地域ガイドブルーム(Broome)西オーストラリア州(WA)北部のキンバリー地方にある町で、真珠産業とともに発展しました。2021年国勢調査ではブルームのカウンシルの区域に16,959人が住んでいます。真珠産業で働いた日本人の歴史があり、和歌山県太地町と1981年から姉妹都市です。日本との関係姉妹都市(Sister cities between Japan and Australia)自治体国際化協会(CLAIR)の集計では、日本の自治体とオーストラリアの間には107件の姉妹提携があります。都道府県が6件、市区が78件、町村が23件です。提携先の州で最も多いのはニューサウスウェールズ州です。日本との関係木曜島と日本人(Thursday Island and the Japanese)クイーンズランド州(QLD)のトレス海峡にある木曜島では、1880年代から多くの日本人が真珠貝採取のダイバーとして働きました。1878年から1941年までにトレス海峡で700人以上の日本人が亡くなり、木曜島の墓地には700を超える日本人の墓があります。日本との関係日豪関係の歴史(History of Australia-Japan relations)日本とオーストラリアの関係は、1800年代後半の石炭や羊毛の貿易と、真珠貝採取などで働いた日本人移民に始まります。第二次世界大戦の後、1952年に国交が回復し、1957年の通商協定、1976年の友好協力基本条約などで関係が広がりました。現在は「特別な戦略的パートナーシップ」と位置づけられています。日本との関係日本人墓地(Japanese cemeteries in Australia)オーストラリアには、日本人が眠る墓地がいくつかあります。代表的なのは、第二次世界大戦で亡くなった日本人などが眠るニューサウスウェールズ州(NSW)カウラの日本人戦争墓地と、真珠貝採取で亡くなった日本人ダイバーの墓が残る西オーストラリア州(WA)のブルームと、クイーンズランド州(QLD)の木曜島の墓地です。地域ガイド西オーストラリア州(Western Australia、WA)オーストラリア西部の州で、州都はパースです。面積は国土の約3分の1を占め、8州・準州で最も広い州です。2021年国勢調査の人口は約266万人で、その多くがパース都市圏に住んでいます。サマータイムを行わないため、東部の州との時差に注意が必要です。