日豪関係の歴史(History of Australia-Japan relations)
日本とオーストラリアの関係は、1800年代後半の石炭や羊毛の貿易と、真珠貝採取などで働いた日本人移民に始まります。第二次世界大戦の後、1952年に国交が回復し、1957年の通商協定、1976年の友好協力基本条約などで関係が広がりました。現在は「特別な戦略的パートナーシップ」と位置づけられています。
始まり(1800年代後半〜第二次世界大戦)
オーストラリア外務貿易省(Department of Foreign Affairs and Trade、DFAT)の日本の国別概要(Japan country brief)(新しいタブで開く)は、両国の関係の始まりを1800年代後半としています。このころ日本はオーストラリアの石炭と羊毛を輸入し始め、日本からの移民も、農業や、真珠貝採取(pearl diving)などの海の仕事のためにオーストラリアへ渡りました。
真珠貝の採取で働いた日本人の歩みは「ブルームの真珠産業と日本人」で取り上げています。
両国の貿易関係は第二次世界大戦まで強まりましたが、1941年、オーストラリアは連合国軍に加わり、日本と戦います。オーストラリア側から見た戦争の歴史は「第二次世界大戦」へ。
戦後の関係の再建
両国が関係を再開したのは1952年です。主な出来事を年表にしました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1952年 | 両国の関係が再開される |
| 1957年 | 日豪通商協定。メンジーズ首相がオーストラリアの首相として初めて日本を訪問し、岸信介首相が戦後の日本の首相として初めてオーストラリアを訪問 |
| 1970年代初め | 日本がオーストラリアの最大の貿易相手国になる。この地位は2005年まで36年間続いた |
| 1976年 | 日豪友好協力基本条約に署名。豪日交流基金(Australia-Japan Foundation)の助成も始まる |
| 1980年 | 12月1日、日豪ワーキング・ホリデー制度が始まる |
1976年の基本条約は「日豪友好協力基本条約」、ワーキングホリデーは「日豪ワーキングホリデーの歴史」で、それぞれくわしく扱っています。
2000年代以降
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2007年 | 安全保障協力に関する日豪共同宣言 |
| 2009年 | 日豪社会保障協定が発効(1月1日) |
| 2014年 | 「特別な戦略的パートナーシップ」に。首脳が毎年相互に訪問することを約束 |
| 2015年 | 日豪経済連携協定(日豪EPA、JAEPA)が1月15日に発効 |
| 2022年 | 新たな安全保障協力に関する日豪共同宣言に署名 |
| 2023年 | 日豪部隊間協力円滑化協定(Reciprocal Access Agreement)が8月13日に発効 |
| 2026年 | 5月、日本の総理大臣がオーストラリアを訪問し、経済安全保障協力に関する日豪共同宣言に署名 |
外務省のオーストラリア基礎データ(新しいタブで開く)は、両国の関係を、基本的価値と戦略的価値を共有する「特別な戦略的パートナーシップ」の下で、安全保障や経済安全保障などの分野にも協力が広がっていると説明しています。
日豪EPAの中身は「日豪経済連携協定」で紹介しています。
人の交流
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 姉妹都市 | 日本の自治体とオーストラリアの間に107件の姉妹都市関係がある(2024年3月1日時点) |
| 日本語学習者 | オーストラリアで約41万人が日本語を学習している(2021年度の国際交流基金の調査) |
| オーストラリアに住む日本人 | 105,556人(2025年10月1日現在) |
| 日本系の住民 | 2021年の国勢調査で78,000人以上が日本系の祖先(Japanese ancestry)と回答 |
姉妹都市の一覧や提携の仕組みは「姉妹都市」にあります。
経済関係
両国の経済は、資源・エネルギー・食料と工業製品の取引を中心に、互いに補い合う関係にあると外務省とDFATは説明しています。2025年、日本はオーストラリアの第2位の輸出相手国でした。貿易の規模や品目は「日豪の貿易」でくわしく見られます。
ここに注意してね!
- 外務省の基礎データとDFATの国別概要は、定期的に更新されます。数字は、それぞれのページの最新の情報で確認してください。
- この記事は、両国政府の公式ページにもとづく出来事の流れをまとめたもので、個別の出来事の評価は扱いません。
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