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2008年の国の謝罪(National Apology to the Stolen Generations)

ひとことで言うと

2008年2月13日、ケビン・ラッド首相が、家族から引き離されたアボリジナルとトレス海峡諸島民の子どもたち「盗まれた世代(Stolen Generations)」に、連邦政府として正式に謝罪しました。1997年の報告書「Bringing Them Home」が謝罪を求めていました。

目次
  1. 年の謝罪
  2. 日本との違い・注意点
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2008年の謝罪

国立博物館(National Museum of Australia)の教材ページ(新しいタブで開く)をもとにまとめます。

謝罪の内容

2008年2月13日、ケビン・ラッド(Kevin Rudd)首相が、「盗まれた世代(Stolen Generations)」に正式に謝罪しました。盗まれた世代とは、子どものときに家族と文化から引き離されたアボリジナルとトレス海峡諸島民の人々です。

国立博物館が紹介している謝罪の言葉の一部は、次の意味です。

  • 歴代の議会と政府の法律と政策が、同じオーストラリアの人々に深い悲しみ、苦しみ、喪失を与えたことを謝罪する。

当日は何千人もの人がキャンベラに集まり、謝罪の様子は全国に放送されました。

議会での動議

謝罪は、ラッド首相が連邦議会の議場に、採決のための動議(motion)として出す形で行われました。連邦議会のページに載っている動議の文は、次のような内容です。

  • この土地の先住民を、人類の歴史で最も古くから続く文化として敬う。
  • 過去の扱い、特に盗まれた世代への扱いを振り返る。
  • 歴代の議会と政府の法律と政策が深い悲しみ、苦しみ、喪失を与えたことを謝罪する。
  • 特に、アボリジナルとトレス海峡諸島民の子どもを家族、地域、土地から引き離したことを謝罪する。

首相が署名し、書家が文字を書いた謝罪の文書は、国会議事堂の美術品の収蔵品(公式の贈り物のコレクション)として保管されています。

謝罪までの流れ

年できごと
1995年子どもの引き離しについての国の調査が始まる
1997年報告書「Bringing Them Home(彼らを家に帰す)」が出される。54の勧告のうち2つが、政府・警察・教会・民間団体に謝罪を求めた
2001年まで8つの州・準州の政府すべてが謝罪する
2007年連邦選挙で、ラッドの率いる労働党が勝つ
2008年2月13日連邦政府が正式に謝罪する

報告書の調査では、535人のアボリジナルとトレス海峡諸島民から直接話を聞きました。2001年までに州・準州がすべて謝罪した後も、ジョン・ハワード(John Howard)首相の連邦政府は謝罪していませんでした。

報告書と引き離しの歴史は、「盗まれた世代」の記事で扱っています。

受け止め

国立博物館は、謝罪は過去の痛みを消すことはできないものの、多くの人が癒やしのための必要な第一歩だと感じたとしています。

当時のアボリジナル・トレス海峡諸島民社会正義委員(Aboriginal and Torres Strait Islander Social Justice Commissioner)のトム・カルマ(Tom Calma)博士は、議会が子どもの強制的な引き離しの政策があったことと、その影響を認めたと述べました。

翌年の謝罪

国立博物館の別の教材ページによると、2009年11月16日には、ラッド首相が「忘れられたオーストラリア人(Forgotten Australians)」と、子どものときに移民として送られてきた人々にも謝罪しました。

日本との違い・注意点

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先住民の文化盗まれた世代(Stolen Generations)アボリジナルとトレス海峡諸島民の子どもが、法律に基づいて家族や地域社会、土地から引き離された歴史があります。引き離された人々は「盗まれた世代(Stolen Generations)」と呼ばれます。1997年の報告書「Bringing Them Home」を経て、2008年2月13日に連邦政府が正式に謝罪しました。先住民の文化和解(Reconciliation)和解(Reconciliation)は、アボリジナルとトレス海峡諸島民と、それ以外の人々との関係を強めるための、オーストラリア全体の取り組みです。1991年に連邦議会が「アボリジナル和解評議会」をつくり、2000年にはシドニー・ハーバーブリッジを渡る和解の行進が行われました。今は団体の「Reconciliation Australia」などが取り組みを進めています。先住民の文化先住民の歴史(History of Aboriginal and Torres Strait Islander peoples)1788年の英国の植民地の始まりから、選挙権の拡大、1967年の国民投票、土地の権利の法律、1992年のマボ判決、2008年の国の謝罪までの主なできごとを、国立博物館や選挙管理委員会などの説明をもとに年表でまとめます。政治の仕組み連邦議会(下院と上院、Parliament of Australia)連邦議会は、国王(総督が代理)と、下院(150人)・上院(76人)の2つの院からなります。法案は両院で可決され、総督の裁可を受けて法律になります。下院の任期は最長3年、州選出の上院議員の任期は6年で、3年ごとに半数が改選されます。基礎知識2023年の国民投票(2023 Referendum:Aboriginal and Torres Strait Islander Voice)2023年10月14日、憲法でアボリジナルとトレス海峡諸島民を最初の人々として認め、議会と政府に意見を伝える機関「ボイス(Voice)」を設ける案が国民投票にかけられました。全国の賛成は39.94%で、過半数の賛成があった州はなく、否決されました。先住民の文化先住権(Native title)先住権(ネイティブ・タイトル)は、アボリジナルとトレス海峡諸島民が、伝統的な法と慣習にもとづいて土地に持つ権利を、オーストラリアの法律が認めたものです。1992年のマボ判決で認められ、1993年の先住権法(Native Title Act 1993)で申し立ての仕組みがつくられました。